064 「 83歳のカメラマン 」

僕はまだ自分の住んでいる伊勢崎の事をよく知らない。

 

定職についてない僕は、朝、妻が仕事に行くのを見送る。今日は研修があるから何時になるかわからないよと話していたし、前日の夜から何やらすごい準備を進めていたのを知っている。見送った後、家の掃除を片っ端からしていると窓から見える一軒家が、道路を挟んでいるせいか少し小さく見える。そこに住んでいる年輩の方が庭の手入れをしているのが見えて、僕は猫と一緒に窓辺から眺めてはまた掃除機をかける。ひと段落して無性に今日は歩きたいと思いたって、バックにカメラを詰め込んでみたけど、今まで持ち歩いてきたカメラなのにものすごく重たく感じた。

 

これはきっと、

カメラが重いんじゃなくて、自分の気持ちが重たいんじゃないか。

 

そう思うと、ものすごく悔しい気持ちになった。

何としても歩かなければ、この足を動かせるうちに動かさなければ、と言いきかせて外に出た。

 

外はとても気持ちよく、少しの風に運ばれてくる入浴剤の匂いが心地いい。隣のアパートの住人が朝風呂で使ったんだと確信せざるおえないように、風呂場の窓がガラ空きでそこから流れ込んできてるように感じた。

 

とりあえず歩こう。

 

伊勢崎にはいくつか川は流れてると思うんだけど、今、自分がどの川沿いを歩いているんだか橋に来るまではわからなかった。ここは粕川っていうみたいで、舗装もされてないし、かなり好みの川だったけど、人目を避けて川沿いばかり歩いていても本当の目的は達成できないと思い、街へ。

 

街にはクリーニング屋からスナック、パブ、定食屋、おしゃれなカフェもあるけど廃れた花びら三回転に目がいってしまった。廃墟だったら勝手に忍び込んでも良かったけど、わからないからやめておいた。なんていうか、そこからはもう風俗しか目に入って来なかった。風俗に行きたいとは思わないけど、風俗で働いてる人は撮影したい!だから出入りを張り込んでみようかなとも思うし、なんか声かける方法ないかなってずっと考えてたけど、あの業界に誰か友達を作ってしまえばいいんだなって。やっぱ直接店に行って声をかけるしかないのかな…。そんな大金は持ち合わせてないや。僕はきっと大金を手にしたら色んなところにお金をバラまいてしまう。それはうちの妻もすごく理解していて、だから私がいると以前言っていたけど、それはどーゆー意味なんだろうと今だにわからないところでもある。

 

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3kmぐらい歩いた時点で足腰が痛くなってきて、くそう…と思ったし、以前だったらもっと余裕で歩けたはず、自分はこの数年何をしてたんだと身をもって痛感した。30kmは歩けるようになりたいなって心のどこかで決め込んだ部分があるけれど、実際にそれができるか不安なのと誰にも約束はできなくて、自分の中で色んな気持ちを固めていかないといけないなと思う。

街中には身ごもった女性や、足の悪いおじさん、目に写るものの良し悪しが明確になっている。僕は伊勢崎神社にお願いというか決意というか参拝したくて来てみたものの、ちょうど七五三で忙しそうなカメラマンが、はいーにっこりーみたいに撮影していて、絶対、そんな風に撮れないわって思わず謝りたくなった。考えてみると僕を写真という魅力に引き込んでくれスタジオアンシャノワールのカメラマン達は、はいーにっこりーとかは一切言わないカメラマンたちだらけだったなと思う。ほぼ無言で撮影するカメラマン達だらけ。でもそのせいか経営難で撤退することになったのかなと思う。みんなあそこのカメラマンたちはカメラマンという思考の持ち主ではなく写真家という思考の持ち主で、僕は完全にそっちに引っ張られていた気がする。

 

先日、東京でブライダルを撮っている会社の群馬支店で面接を受けた。

お店を任されてるカメラマン兼店長らしき人と、その片割れのような人、それとパソコンごしに東京の社長と面談をおこなった。すげー勧められたけど、話しているうちに、本当にこの人たち大丈夫かと疑問に思うところがあった。それは考え方の違いにあると思うけど、フィルムじゃ結婚式怖くて撮れない、そもそもフィルムを人生で触ったことがないという店を任せれてるカメラマンの人、その片割れは、なぜデジタルにいかないかなー?もったいない。と話していて、正直、話が全然、わからなかった。考え方の違いかと自分の中で思ったけど、今まで結婚式もフィルムで撮って来た自分からすると、この人たちの考え方は甘いんじゃないか。デジタルなら撮り直しもきくし、パソコン上で修正もできると楽しそうに話しているのを聞いて、ここじゃねーわ!と感じてしまったかな。撮る一撃の重さ、ミスの許されない一点集中の重さ、空気まで写し込む大切さ、そーゆーのがないんだな。と。でも社長は違った。フィルムやってる方が、間違いなく強いよ。とその一言で空気がガラッと変わって、早くうちに入社しろよみたいな空気になったけど、あそこはごめんかな。

俺がカメラをもってできることってなんだろうって考えてしまうけど、やはり作品づくりなんだろう。それしかないんだろう。

 

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伊勢崎には難店舗か老舗のスタジオがあって、街中を通れば誰もが目にするような薄いカラーでFUJIかKodakの看板がある。そのうちの一件にお店の前にすげーボロボロなんだけど、めちゃくちゃかっこいい写真が飾ってあって立ち止まってしまった。多分店主なんだろうと思って眺めているとガッシャーンって音がして、思わず中を覗き込んでしまった。よろよろの不自由そうなおじさんがいるではないか。態勢を立て直して僕の方にやって来て、何の用ですか?と。僕は店の前の写真のことを話して、怪しい人だと思われないように必死だったけど、すぐに理解してくれて、家の中に招いてくれた。

 

歳は83歳。妻はいない、息子は3人いるけど、皆県外に出て行き、帰っても来ない。と話していて、家の中はボロボロでそこら中に写真関係の本や、スタジオで使うであろう部品が散乱して埃まみれで、お酒の瓶が横たわっていた。ただ店の前に置いてある写真が昭和50年代に撮られたもので、写ってるのは俺だと話す、その人に完全に心を動かされてしまい、たくさん、話をしてきた。家を解体することや、フィルムとデジタルの使い分け、俺のところにゃ誰も来やしねー、文句の一つでも言いに来てくれる奴がいねー、アマチュアの野郎どもは俺を避けやがる。と話すこの人をもっと知りたくなって、

どんどん話していうちに、仕事の依頼で棺を撮ったり、同じ幼稚園の発表会を20年近く専属で撮ってきた人らしく、撮り方とかもめっちゃこだわり抜いてることを色々説明してくれた。何より83歳、僕が介護で携わってきた人たちじゃないかと思う部分もあり、余計なことは言わず、ウンウンと話を聞いていたら、その人は今でも榛名湖まで車で行って、今はもっぱら風景を撮影して居ると話していた。足も痛い、腰も痛い、妻もいない、息子に煙たがられて居る、一匹オオカミだと話しているけど、そんなおじさんの事が僕はなんかすごい尊敬してしまって、こないだの面接はなんだったんだと話を聞きながら思ってしまった。草津の役所に撮った写真はほとんど寄贈されており、名も結構知れている人らしいんだけど、本当に撮るのが好きなんだなって感じたかな。

実際にスタジオも見せてもらったけど、今では需要がないというか電球の製造が終わってしまったライトがたくさんあって、俺が死んだら解体するんだ。全てと。話されていた。スタジオ内にもビールの缶や、焼酎の瓶が転がっていて、とても光量の足りる現場ではいけど、ここでこのおじさんを撮らないわけにはいかんと疼いてしまい、一枚、撮影させてもらった。現像した写真を渡すときの言葉ももう考えてあるけど、撮らせてくれるのも意外だったかな。このタイプの人は撮られるより、撮りたい人のように思ったけど、結構、決めてきたから、かなり僕の方も集中した。

一枚見せてもらった写真の中に、セルフポートレートで撮った写真があったのだけど、この写真は遺影に使うと言っていた。ふーんって思ったけど、なぜ、この人はこだわり抜いた写真をデジタル仕様にしたのか聞いてみたところ、もう時代は変わっちまったんだ。と話していた。なおさら僕が今撮った写真のあなたの方が、あなたらしいのに!と喉まで出かかったけど、言えないし、言ってはいけない事だと思った。だからせめて、早く、現像に出した写真を渡したい。と思い、必ずもう一度、会いにきますと伝えてその場を去ることにした。

 

帰り道、もう歩けないわ。

と思ったけど、いい1日だったなって思ってしまったかな。

 

さっき、妻から連絡があって、今から帰ります。って

 

今日の話をしてみようかな。

ご飯、何作ろう。

 

shunsuke NGS